最高裁判所大法廷 昭和34年(オ)10号 判決 1960年10月19日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告人ら代理人弁護士長谷川勉、同音喜多賢次の上告理由第一点について。
思うに、司法裁判権が、憲法又は他の法律によつてその権限に属するものとされているものの外、一切の法律上の争訟に及ぶことは、裁判所法三条の明定するところであるが、ここに一切の法律上の争訟とはあらゆる法律上の係争という意味ではない。一口に法律上の係争といつても、その範囲は広汎であり、その中には事柄の特質上司法裁判権の対象の外におくを相当とするものがあるのである。けだし、自律的な法規範をもつ社会ないしは団体に在つては、当該規範の実現を内部規律の問題として自治的措置に任せ、必ずしも、裁判にまつを適当としないものがあるからである。本件における出席停止の如き懲罰はまさにそれに該当するものと解するを相当とする。(尤も昭和三五年三月九日大法廷判決-民集一四巻三号三五五頁以下-は議員の除名処分を司法裁判の権限内の事項としているが、右は議員の除名処分の如きは、議員の身分の喪失に関する重大事項で、単なる内部規律の問題に止らないからであつて、本件における議員の出席停止の如く議員の権利行為の一時的制限に過ぎないものとは自ら趣を異にしているのである。従つて、前者を司法裁判権に服させても、後者については別途に考慮し、これを司法裁判権の対象から除き、当該自治団体の自治的措置に委ねるを適当とするのである。)
されば、前示懲罰の無効又は取消を求める本訴は不適法というの外なく、原判決は結局正当である。なお、所論は違憲を云々するが、その論述するところは、ひつきよう叙上と異る見解に立脚して原判決を非難するものであつて、採るを得ない。
同第二点、第三点について。
しかし、所論は本件懲罰の無効又は取消を求める本訴の適法なることを前提とするものであつて、本訴が不適法のものであることは前段説示のとおりであるから、所論はいずれもその前提を欠き、採用のかぎりではない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い裁判官河村大助、同奥野健一の意見および裁判官田中耕太郎、同斉藤悠輔、同下飯坂潤夫の補足意見ある外裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。
裁判官河村大助の意見は次のとおりである。
上告理由第一点について。
地方議会議員の懲罰決議は上告人の主張する如く議員としての報酬、手当、費用弁償の請求権等に直接影響するものである以上、その懲罰処分の適否及び右請求権等の争いは単なる議会の内部規律の問題に過ぎないものと見るべきではなく、裁判所法三条の「法律上の争訟」として司法審査の対象になり得るものと解するを相当とする。またこのことは、その懲罰処分が除名処分であると出席停止の処分であるとにより区別される理由はない。けだし残存任期一ぱいの出席停止ということもないとはいえず、実質的には除名処分と異らない場合もあり得るのみならず、停止の期間が短いからといつて訴訟の対象にならないと解すべきではないからである。従つて多数意見には到底賛同出来ない。
しかしながら、上告人の本訴は第一に本件懲罰決議の当然無効を主張してその無効確認を求めているのであるが、その懲罰決議は現在の権利または法律関係でないばかりでなく、上告人が訴の利益として主張する地方議会議員として有する報酬、手当等の請求権確保の目的を達するために、本訴無効確認の訴が適切有効な手段となるものでないことは明らかである。すなわち懲戒処分の当然無効を主張する上告人は何時にても現在の報酬請求権等につき直ちに権利保護を請求し得るものであるから、本訴確認の訴はその利益がないものというべく、これと同趣旨に出た原判決は正当である。
次に上告人の予備的請求である懲罰決議の取消を求める訴は、地方自治法二五五条の二及び行政事件訴訟特例法二条により、訴願の裁決を経た後でなければ提起できないこと明らかである。従つて訴願を経由することなく直ちに提起した本訴は不適法であるといわなければならない。
裁判官奥野健一の意見は次のとおりである。
上告理由第一点について。
本件懲罰議決の無効確認を求める訴は出席停止期間が既に経過しているから現在においては訴の利益がないのみならず、過去の法律関係の無効の確認を求めるものであつて理由なく、また、予備的請求として決議の取消を求める訴は地方自治法二五五条の二の訴願裁決を経ていないから不適法である。従つて本件上告は理由がない。
多数意見は本件懲罰議決は、自律的な法規範をもつ社会ないしは団体の内部規律の問題として自治的措置に任せるべきものであつて司法裁判権の対象の外におくを相当とする旨判示する。しかし、地方公共団体の議会のした議員除名の懲罰議決が裁判所の裁判の対象となることについては既に当裁判所の屡次の判例の示すところであり、懲罰議決が議員の除名処分であると出席停止の処分であるとによつて区別すべき理論上の根拠はない。のみならず、行政事件特例法の適用にあたつては懲罰議決はこれを行政処分と解し、これを行う議会は行政庁と解するを相当とすることは当裁判所の判例(昭和二六年四月二八日第三小法廷判決)とするところであり、一般に行政庁の処分の違憲、違法の問題について裁判所が裁判権を有することは憲法八一条、裁判所法三条によつて明白であるのみならず、地方自治法二五五条の二によれば地方公共団体の機関の処分により違法に権利を侵害されたとする者は訴願裁決を経て裁判所に出訴することができる旨を規定しており、地方公共団体の議会のした懲罰処分を除外すべき趣旨は窺われないしその処分が除名処分の如き重大事項であるときは裁判所の裁判の対象になるが、出席停止処分の如き重大でない事項は裁判所の裁判の対象にならないとするが如き区別を設ける趣旨も窺えないのである(ただ出席停止処分は停止期間の経過により訴の利益を失う場合が多いというに過ぎないのである)。従つて本件出席停止の懲罰処分は司法裁判権の対象にならないとした多数意見には賛成できない。
上告理由第一点についての裁判官田中耕太郎、同斉藤悠輔、同下飯坂潤夫の補足意見は次のとおりである。
多数意見が地方議会の議員の懲罰としての出席停止の無効確認又は取消を求める本訴を不適法とする結論には賛成である。しかし、多数意見のように、除名と出席停止とを区別して考えるべきではなく、両者はともに裁判権の対象の外にあるものと解すべく、その理由は、昭和二七年(ク)第一〇九号、同二八年一月一六日大法廷決定理由中の裁判官田中耕太郎の少数意見、昭和三〇年(オ)第四三〇号、同三五年三月九日大法廷判決理由中の裁判官田中耕太郎、同斉藤悠輔、同下飯坂潤夫の補足意見のとおりである。
(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 島 保 裁判官 斉藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村又介 裁判官 入江俊郎 裁判官 池田克 裁判官 垂水克己 裁判官 河村大助 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 奥野健一 裁判官 高橋潔 裁判官 高木常七)